最高裁判所第二小法廷 昭和41年(オ)831号 判決 1969年7月04日
上告人
片山和夫
外三名
代理人
桑原五郎
椢原隆一
中安甚五郎
被上告人
国
右代表者法務大臣
西郷吉之助
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人桑原五郎、同椢原隆一、同中安甚五郎の上告理由について。
所論は、要するに被上告人国が平和条約一九条(a)項によつて上告人らの有した所論の損害賠償請求権を放棄したことは、私有財産権を平和条的締結という国家的公共の福祉のために供したものであるから、国は憲法二九条三項によつて上告人らに相当な補償をなすべき義務があるとの前提にたつて、右憲法の条項が単に立法の指針を示したいわゆるプログラム的規定であつて、これのみによつては損失補償の具体的請求権は発生しないとし、あるいは、上告人らの前記請求権が単なる観念的な権利に止まり、現実に行使しえない権利であつて、憲法二九条の財産権とはいえないとした原審の判断は、右憲法の規定の解釈適用を誤つたものというのである。
しかしながら、論旨がその前提とする平和条約一九条(a)項による所論請求権の放棄に対し、国は憲法二九条三項によつてその損失を補償すべきであるとの見解は、同条約一四条(a)項2(1)による在外資産の喪失による損害が憲法二九条三項の補償の対象とならないとする当裁判所の判例(昭和四三年一一月二七日大法廷判決民集二一巻一二号二八〇八頁)の趣旨に照らして採りえないことが明らかであるから、上告人らの主張は前提を欠くものであつて、本訴請求は、この点において既に排斥を免れないものというべきである。
すなわち、右判例は、平和条約一四条(a)項2(1)により在外資産を賠償に充当することによる損害は、右条約が締結された当時わが国のおかれていた特殊異例な状況に照らし、また、同条約等に見られるような補償に関する規定を欠くことに鑑み、敗戦という事実に基づいて生じた一種の戦争損害とみるほかなく、これに対する補償は憲法二九条三項の全く予想しないところであつて、右損害に対しては同条項の適用の余地はないとしているのである。本件において問題とされている平和条約一九条(a)項による所論請求権は、在外資産に対する権利とその対象を異にするものとはいえ、その請求権の発生した当時わが国のおかれていた状況、平和条約の締結にあたりこれが放棄されるに至つた経緯および同条約の規定の体裁を考え合せれば、その放棄に対する補償が憲法の前示条項の予想外にあつたものとする点においては、在外資産におけると差異あるものとは認め難く、所論請求権の放棄による損害に対しては、憲法二九条三項に基づいて国にその補償を求めることができないものというべきである。なお、前示平和条約締結の経緯に照らせば、所論の請求権が日本国全権団の故意過失による公権力の行使によつて侵害されたものとはいえないとする原審の判断の正当なことは論をまたない。
しからば、上告人らの本訴請求は、その前提を欠くに帰し排斥を免れないものというべく、これと結論を同じくする原審の判断は、結局正当であつて、本件上告は、所論の点について判断するまでもなく、棄却を免れない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(草鹿浅之介 城戸芳彦 色川幸太郎 村上朝一)
上告代理人の上告理由
第一、原判決は憲法の解釈を誤つた違憲判決で無効である。
(1) 原判決は第一審判決を全面的に支持し其の理由を全部引用しているが第一審判決は憲法二九条は単に立法の指針を示したいわゆるプログラム的規定であつて二九条自体によつては権利行使は為し得ない、即ち実定法としての効力はないものと判示しているが、これは明らかに憲法の解釈を誤つたものである。
今更論ずるまでもなく憲法二九条は国民固有の権利である財産権不可侵の原則を明記した国家最高の法規である。よつて、同条三項に基いて国民の財産権が公共の福祉の為めに供され又相当の補償を為さざる限り絶対に侵害し得ないことを明確にしたものである。よつて同条の趣旨に従つて特別立法による法規の存する場合は勿論当該法律に依るべきは当然であるが(土地収用法の如き)若し特別法規の存しない場合(例えば本件の場合の如し)は国の最高法規である憲法二九条によるべきは当然であつて二九条自体が権利行使の基本となる実定法となるのが相当と考える。
よつて特別法規の存しない本件上告人等の損失補償請求権は憲法二九条三項に基いて為すべきは当然であつてこれを否認する原判決は違憲判決である。
(2) 上告人等は何れも其の被相続人等が対日平和条約発効前に於いて占領軍等所属兵士の不法行為によつて殺害されたものであり其の不法行為に基く損害賠償請求権を有していたものであるが被上告人国は昭和二七年四月二八日米国の桑港において締結された対日平和条約第一九条(a)項によつてこれ等上告人等の保有した個人として行使し得る損害賠償請求権等全部を放棄したので上告人等の権利行使は不可能となつた。
この事実は明らかに上告人等の有した私有財産権を平和条約締結と云う国家的公共の福祉の為めに供されたものと解すべきであるから、二九条三項によつて相当な補償を上告人等に対して為すべき義務があることは当然である。
(3) 然るに原判決は前記のような上告人等の主張する損害賠償請求権の存在することを認めていないし、又若し仮りにこれを認めるとしてもそれは単に観念的に存するに止り現実には行使し得ない権利であるから憲法二九条の財産権には該当しないと判断しているがこれ又曲解も甚しいものと考える。
即ち上告人等の主張する損害賠償請求権は空想的、若くは観念的の権利ではなくて現実に行使し得る権利であるからである。
今若し平和条約一九条によつてこれを放棄していなかつたとすれば上告人等は平和条約発効後に於いて加害兵士若くは其の所属国に対して相手国の法律によつて相手国の裁判所に提訴して其の救済を求め得たのである。
即ち米、英初め加害兵士の所属する各連合国は何れも文明国である、今日世界の文明国に於いて生命殺害に対する損害賠償を認めない国はないからである。
よつて上告人等の有した(条項によつて放棄された)権利は断じて観念的に行使し得るものでなく現実に行使し得る権利(国内法的に見れば債権である)であつて立派に私有財産権である。
(4)(イ) 平和条約第十九条(a)項は「日本国は……戦争状態が存在したためにとられた行動から生じた連合国及びその国民に対する日本国及びその国民のすべての請求権を放棄し且つこの条約の効力発生前に日本国領域におけるいずれかの連合国の軍隊又は当局の存在、職務遂行又は行動から生じたすべての請求権を放棄する」と規定し日本と連合国は日本国民の連合国に対する請求権の存在を承認した上でその放棄をしている。
(ロ) 本件に於て、すべて連合国占領軍兵士の職務中、職務行為から生じた殺人又は過失致死事件で少くとも過失によるものである。連合国の国家機関である軍人の戦斗行為でない殺人、過失致死行為は国際法上も亦不正である。
従つて連合国の国家責任は免れない、其の責任は、損害賠償責任である。
(参考、第二次大戦中の阿波丸事件に於て日本は一九四九年「阿波丸請求権の処理のため日本政府およびアメリカ政府間の協定」により一切の請求権を日本政府及び一切の関係日本国民のために放棄した)
(ハ) 而して此の請求権の実現は必ずしも、原判決の言うが如く、裁判権(訴権の意か)が国際法上唯一の手段ではなく、国家の外交権の発動による外交談判、或いは軍事権の発動たる戦争手段(日本は否認)等があるわけで、訴権がないからといつて請求権もないと断ずるのは正しくないと思う。
(ニ) 原判決のいう外交保護権は元来、外国にある国民の保護を、本国政府が外国に対し其の国民の救済を国民のために、請求する権利と思料するが国民に対しては国家はその権限を行使する義務を負うものではなかろうか。
然りとするなら、本件につき日本が連合国に対して外交談判手続で国民のためにその請求権の実現をなすべきであるのに国民の請求権を放棄した、日本政府は国民の財産権を、請求権の放棄という行為と、外交保護権の不行使とによつて、侵害しているものと思われる。
第二、原判決の著しい理由不備性
原判決が引用した一審判決理由第二、第四を要約すれば日本国は平和条約締結により連合国及びその国民に対する日本国の所謂外交保護権等の請求権のみならず日本国民の連合国及びその国民に対する請求権をも抛棄することを約束した為上告人等の加害兵士及びその所属国に対する第一次請求権も消滅し上告人等の財産権はここに侵害されたものである。然し憲法第二九条第三項は実定法ではないから別途に損失補償に関する要件、手続等を規定した特別法を制定しない限り右憲法の規定のみによつては財産権侵害に基く補償を求めることはできないと謂うにある。
翻つて原判決に附加された理由を検討すると独自の見解を縷々述べてはいるが畢竟上告人等の損害賠償請求権なるものは当初から存在せず従つて平和条約によりこれ等の権利を抛棄されたからといつて上告人等は実質的な財産権上の損失を生ぜしめたとはいえないから右放棄を原因とする損害賠償や損失補償を求めうべき理由はないというに帰着する。
果して然らば原判決は前段において上告人等の損失補償請求権の存在を認めながら後段においてかかる請求権の存在そのものまでを否定したことになりその間著しい理由の齟齬があると断ぜざるを得ない。又憲法第二九条第三項が実定法でないとの見解は明かに憲法の解釈を誤つたものであり到底承服することはできない。
叙上の理由により原判決は違憲であり破棄を免れない。 以上